• 本展示会では時代を超えて描かれてきた恋愛観がいかにして絵画の主題となり、

    現代文化に影響を与え続けているかをご紹介します。

    主に中世ヨーロッパの宮廷恋愛や19世紀のロマン主義を通じて、

    愛がどのように理想化され、テーマとして受け継がれてきたかに注目し、

    展示作品に秘められたエピソードを辿っていきます。

  • ピエール・オーギュスト・コットの「春」や「嵐」では、自然の中での恋人たちが理想的な愛の象徴として描かれています。特に「春」では、春の息吹と共に芽生える恋愛の純粋さが表現され、19世紀ロマン主義の追い求めた理想的な恋愛観が色濃く反映されています。

    コット自身はアカデミック古典主義派の画家と言われていますが、「春」や「嵐」はこのようなロマン主義の影響を大きく受けているように思えます。

    この時代は封建制度が自由への革命に伴い終わりを迎え、個人へ価値観が変容していく過渡期にありました。芸術運動では伝統を重視するアカデミー派や古典主義から、より個人の感情に目を向けたロマン主義、そして印象派に移り変わっていきます。恋愛も同様に個人の感情を重視するようになったのです。

  • 「春」「嵐」は恋愛における人の感情や精神状態を自然と重ねるように描かれています。

    例えば、「嵐」では現実世界の何らかの脅威を嵐と見立てて、恋人たちが脅威から逃避している様を描き、嵐が登場人物の差し迫った感情を表現しています。よく見ると、男性の方は恋人しか目に映っていないようにみえますが…

    このように、人の内面を自然を用いて表現する手法は、現代の小説やアニメなどでも見られます。気が落ち込んでいるときに雨が降るとか、主人公の気持ちの整理がついたら雨が上がったり、夜が開けたりするなどです。

  • ロマンティックとは空想的という意味を持ち、ロマンティックな恋愛、所謂ロマンティックラブのルーツは中世ヨーロッパの宮廷恋愛まで遡ります。 宮廷恋愛とはアーサー王伝説の騎士ランスロットとグィネヴィア王妃で語られるように、守護する側の騎士が既婚の身分が高い女性と恋仲になるような恋愛概念を指します。本来、結ばれることがない関係での恋愛が精神的な愛高め、崇高なものとする価値観です。

    ばっさりと言ってしまうと、不倫なのですが、当時の結婚は家同士の関係性を築き、血筋を残すための政治的システムでした。結婚は生存戦略であり、恋愛は結婚関係の外にしかなかったという背景があります。ですが、肉体的に関係を持ってしまうと、血筋の存続に関わるため女性の不倫は厳しく禁じられており、社会的な抑圧がより禁じられた愛への情熱を掻き立てていました。

    サー・エドワード・バーン=ジョーンズの絵画「ラヴソング(The Love Song)」は、中世的な世界観で恋愛感情を音楽として表現している様を描いており、"Alas, I know a love song, / Sad or happy, each in turn."という詩とともに展示されました。

  • 宮廷恋愛を題材とした小説は爆発的に流行り、現実離れした恋愛という理想的な愛の形として、時代を経て今もなお芸術作品のテーマとして昇華されてきました。

    現実社会の価値観と、個人的な感情の狭間で生じる恋愛の苦悩は、「恋煩い」と一種の病として捉えられ、古くから詩や音楽から絵など芸術として表現してきました。

    ヤン・ステーンの「恋に悩む乙女」では、恋煩いに罹る女性を医者が診断している様子が描かれています。恋の病は医者でも治せないことを表すように、恋煩いをテーマにした絵には医者が描かれることもあります。また、絵の中にキューピットや手紙を描くことで、登場人物が恋していることが表現されるときもあります。

  • 宮廷恋愛的な小説が流行した当時は、「そういった恋愛って良いよね。」止まりで、身分が絶対で、決まったレール上に人生がある社会秩序についてはそのままでした。ですが、19世紀の革命により、個人の自由と平等に目が向けられることで、自由な恋愛こそが人生の価値であるという考え方が広まりました。

    そして、自由な恋愛をして愛する人と結ばれるべきロマンティックラブとして成立しました。日本には明治時代にロマンティックラブの概念が輸入されました。ですが、ロマンティックラブの基盤となる「個人」「愛」という概念が日本にはなかったため、当時の知識人たちがこれらの概念の理解や翻訳に四苦八苦していたことが知られています。

    自由恋愛の概念は、宮廷恋愛やロマン主義を経て、現代文化や価値観にも大きく影響を与えています。映画スターウォーズのアナキンとパドメや、Reゼロから始める異世界生活のナツキスバルとエミリアの関係性などは、騎士とお姫様の宮廷的な恋愛構図が物語に組み込まれています。

  • 愛ってなんだろうっと考えるとどうしても小難しく考えてしまい、理解の及ばないモノと思いがちになります。実際に、有名な哲学者も本当の愛について語るには難しいという趣旨の見解がなされています。

    その中で芸術家たちは愛をテーマに自分なりの答えを作品として昇華させてきました。今回は、愛をテーマとした絵画を足がけに、中世~近代における恋愛観の歴史を辿りました。

    自分の理解が及ばないモノを理解しようとするとき、自分の興味がある分野から攻めてみることで、知識を繋げ見聞を広めることができます。今回の展示がみなさまの興味関心を刺激して好奇心による知る楽しみが感じられるきっかけになれば幸いです。

  • 展示作品

    春 1873年 ピエール・オーギュスト・コット Metropolitan Museum of Art, New York: https://www.metmuseum.org/art/collection/search/438158

    嵐 1880年 ピエール・オーギュスト・コット Metropolitan Museum of Art, New York: https://www.metmuseum.org/art/collection/search/435997

    ラブソング 1868-77年 サー・エドワード・バーン=ジョーンズ Metropolitan Museum of Art, New York: https://www.metmuseum.org/art/collection/search/435826

    恋に悩む乙女 1660年頃 ヤン・ステーン Metropolitan Museum of Art, New York: https://www.metmuseum.org/art/collection/search/437748

    恋人たち 1855年 ウィリアム・パウエル・フリス The Art Institute of Chicago: https://www.artic.edu/artworks/180709/the-lovers

    愛の憂鬱 1866年 コンスタント・メイヤー The Art Institute of Chicago: https://www.artic.edu/artworks/131884/love-s-melancholy

  • 参考文献

    恋愛制度、束縛の2500年史古代ギリシャ・ローマから現代日本まで 鈴木隆美 光文社新書

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